これまでの記事で、ESG活動の目的を「企業価値の向上」と位置づけ、人材教育等を通じて社員一人ひとりにESGマインド・センスを醸成させることを人事部門のESG活動の柱にしていくことをご提案してきました。人事部門の役割は、ESG活動を企業文化として定着させることと表現することもできます。“ESGと人事部門”の一連の記事を締めくくるにあたり、本記事では人事部門の重要ミッションである人員計画、人材採用にESGをどう織り込んで推進するかをご紹介します。
新型コロナウイルス感染症拡大は、人の働き方や消費行動など、これまでの社会に大きな変革を求めるものとなりました。この影響は長期化するとともに、昨今、大雨や台風といった自然災害の激化が、工場の稼働やサプライチェーンに大きな影響を与えるなどの企業経営への悪影響も度々生じています。そのため企業は、今後起きうる事業環境の変化を想定して、厄災下の社会でも企業が存続できるよう事業構造を変革することが急務となっています。
レジリエンスの高い企業に向けて現事業体制を変革するには、各企業に適した「厄災下でも成り立つ事業モデル」を明確にし、社員を含め関係者全員が目指す姿を認識して構造改革に進む必要があります。事業モデルの検討は、経営層、経営企画部門等が中心となって進める業務で、将来像の社内浸透は、人事部門の寄与が大きく求められます。
人事部門の役割について図1に示すように、企業では、社員だけでなくサプライチェーンに繋がる企業群と価値観を共有することで商品・サービスを創出し、これを社会に提供して収益を確保しています。これまでの社会での社員、取引企業といったステークホルダーとの価値観の共有は、企業の事業計画書、ESG計画書としてそれぞれに展開されることでも達成されますが、これまで築いてきた関係の上で、以心伝心で伝わる部分も多々あり、高い納得性確保ができていました。
図1.新型コロナウイルスほか度重なる厄災下でも存続できる企業の在り
しかし、企業経営の在り方を大きく変更する場合は、これまでのような以心伝心では期待した価値観の共有は不可能です。社員、サプライチェーン等のステークホルダーの役割やメンバーが変わることも大いに想定した上で、関係者全員が改革でめざす姿(目標)を正しく共有し、納得を確保することが実効の鍵となります。
人事部門には、人材教育プログラムを通じて社員全員に企業改革の必要性と、各個人が果たすべき役割を理解、共感してもらうよう働きかけていくことが求められます。さらに改革後は、社員の働き方だけでなく、人材の流動化が進むなど、雇用の在り方も大きく変わることが想定されます。流動化する人材の活用だけでなく、プロジェクト単位でのアウトソーシングも進むものと考えられ、将来の企業像に合わせた人材確保計画の構築も必要となります。これらの人員計画では、企業への帰属意識が希薄化しがちとなりますので、不祥事等で企業価値を棄損するリスクを未然に防止する人材教育の重要性が増します。
これから多くの企業に「厄災下でも存続できる業態への構造改革」の試練が訪れます。社内、サプライチェーン等のステークホルダーの役割変更等が起きるタイミングは、社員等各個人にこれまでとは異なる非定常業務を課すこととなり、種々のミス、不祥事が起きやすくなるタイミングでもあります。これを未然に防ぐために有効なのが、各個人に向けたESG視点での想像力、感性を磨く教育(参照記事「人事部門のガバナンス強化活動」)です。階層別教育等を通じて、社員のESG対応マインド・センスの醸成を計画的に推進してください。
次に、雇用へのESG活動の活用について考えます。就活生の企業選定では、「企業の将来性」、「収益性」より「働き易さ」や「福利厚生」などを重要視する割合が増えていることが各種調査から報告されています。新型コロナウイルス感染症拡大で、企業側も多様な働き方を提供するようになり、就活生の「働き易さ」等へのニーズは増大することが想定されます。また、企業の将来性を意識して、ESG対応企業を評価する就活生の動きもあり、就活生ニーズの多様化が伺われます。
一方、多くの企業ではすでに多様な人材や女性が長く快適に働けるよう労働環境を計画的に整備してきています。さらに新型コロナウイルス感染症拡大の対応として、在宅勤務が急速に一般化しつつあります。これらはまさに就活生が求める働き易さ推進です。こうした活動を就活生向けへのアピールに使わない手はありません。
ただし、世間のニーズに対応した働き易さ対策等の施策展開として見せるより、企業がESG対応による企業価値向上を目指して、各種施策を計画的に推進している中の一つとして表現した方が、多様化する就活生のニーズに合致する可能性が高まります。さらに就活段階から、就活生に企業のESG活動への理解、共感を醸成しておくと、採用後のESG教育の浸透もより早く進むことが期待されます。
これまでの一連の記事で、ESG活動を企業価値向上に繋げるものと定義して活動を推進することをご提案してきました。その中で、人事部門が主管する人材マネジメント業務は、ESG活動を会社に根付かせるカギとなること、階層別教育、経営層育成プログラム等を通じて、全社員、全経営層にESG活動の必要性を理解、腹に落としてもらうことが、人事部門のESG業務における柱となることを示してきました。
人事部門だけでなくすべての部門が業務を通じてESG活動を推進し、その結果、企業価値向上を成し遂げて、社会の発展に貢献されることを期待しています。
ライタープロフィール
筆名:柳紘理(やなぎひろみち)
工学博士
企業で長年研究開発から事業立上げまでを一貫して担当するとともに、国立大学・研究所の客員教授として、 環境経営や事業化に関連した規制基準を策定運営する学協会の運営に係る。