昨年、ある秘書研修会で邦人企業のトップの方より「ボスが期待する秘書の役割」と題する素晴らしい講演を聴く機会がありました。最も印象的だったのは
ボスと秘書の共有すべき姿とは「共に闘う」ことである
という言葉でした。グローバル化が急激に進む現代において ”秘書はボスにとって同じ目標をもつビジネスパートナー“ と位置付けられ、秘書への奥深い提言をいただきました。その会場には当該秘書の方は同席されていませんでしたが、ボス側からこの言葉を投げかけられることは、ひとえに秘書冥利に尽きることと拝察し感銘を受けました。
コロナ禍を経て、IT化の波が一気に加速したことで秘書業務も大きな変革期を迎え、秘書の現場では役員のニーズや業務の効率化に応じた各種ツールの運用が求められ、ITリテラシーの習得は秘書の必須要件となりました。「今後、AI導入で秘書の仕事は無くなるのでしょうか」と聞かれることがありますが、ビジネス環境が変わる時こそ秘書の活躍が期待されるものと私は考えています。過去を振り返ってみても、ビジネスシーンの最新機器は秘書の仕事と密接な関係にあったと言えましょう。20世紀半ば、欧米の経済成長が進む中でオフィスワークを大変革させたものの一つは、まぎれもなく ”タイプライター“ の存在です。1870年代に商業用タイプライターが登場して以来変遷をたどり、国によって違いはあれど、ワープロ、そしてパーソナルコンピューターにとって変わるまでの約100年間、各国のオフィスで大活用されていたようです。
秘書とタイプライターのストーリーを興味深く描いているフランス映画に『タイピスト』(2012年公開)があります。1950年代のフランスでは、秘書は働く女性たちの憧れの職業でした。秘書を目指して田舎から出てきた主人公が、仮採用された保険会社のボスから「タイプライターの早打ち大会で優勝したら正式採用する」と提案されるのを機に、ボスの猛特訓を受けて遂に地元から全仏優勝を経て世界一を目指すという物語。コミカルに楽しめるラブ・コメディである一方、私が注目したのは大会で競われるタイピングのスピードと正確さが秘書の力量と描かれていたところです。「早いことは進歩の証」という台詞は、技術進歩するモノとそれを扱うヒトとの関係を象徴していて、いつの時代も普遍的な価値観だと感じるのです。
多くの企業で命題とされるDX化の時代に突入しても、秘書に求められるスキルは業務における「スピード」と「正確さ」と言っても過言ではないでしょう。今までの秘書業務を単にデジタル化するという発想ではなく、現場に即したツールや最適なソリューションをいかに有効に活用して役員のニーズに的確に対応するか、ボスと共に闘うためには何が必要か、秘書の知性を研ぎ澄ませて徹底的に追求することが重要です。
なお、すでにこの映画をご覧になった方、このコラムを読んでご覧になる方に改めてお断りを。あくまで『ボスと共に闘う』という主題でこの映画をご紹介させていただきましたことをご理解ください。フランス映画ですので案の定、あらまぁ!という場面があることもご了承ください(笑)。
このコラムの執筆者
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一般社団法人日本秘書協会 特別顧問、同協会認定講師 丸山 ゆかり 製薬会社にて社長秘書・秘書課長、国際本部営業部欧米課課長。その後、化粧品販売会社の取締役副社長を経て、起業。秘書現役時より、専門学校・大学の秘書実務講座などに出講。企業研修のほか2005年より日本秘書協会にて「秘書実務」「接遇マナー」「テーブルマナー」などを担当。同協会にて長年理事を務め、2018年より特別顧問に就任。 |