日本経済再生の切り札として安部内閣が政策の目玉に据えている「働き方改革」。2018年7月以降、所要の改正法が順次施行され、もはや耳に慣れてしまった感もある働き方改革ですが、労働者として、 あるいは事業主として、今後も大きな影響を受ける可能性がある働き方改革について、導入の背景と内容、最近の動向について紹介します。
働き方改革 導入の背景
端的に言うと「人口減少と少子高齢化による労働人口の不足」を「経済成長と労働参加で補いたい」という方向性が、厚労省資料から以下のとおり見て取れます1)。 日本の総人口は、2065年には9,000万人を割り込み、高齢化率は右肩上がりで38%台の水準になると推計されています。一方で、「経済成長と労働参加が適切に進まないケース」だと 2040年の就業者数が▲1,285万人(2017年比)となるが、「経済成長と労働参加が適切に進むケース」では、2017年比で506万人ににとどまる見込み(その差+約779万人)。 つまり経済を成長させ、同時に労働参加(就業者数を増やす取組)を適切に勧めていけば、人口減少と少子高齢化による労働力不足を緩和できる(約779万人も増やせる)、 という推計2)です。 では、人口が減り、若い人が減る日本で、誰に「労働参加」を促すのか。答えは、女性と高齢者です。
日本では以前までは、女性の労働力率で結婚・出産期に当たる年代(30~34歳)で現象するいわゆるM字カーブが知られていましたが、平成29年の厚生労働省の調査では (75.2%)になりアメリカ(74.5%)より高くなっています。これは多くの企業で取り組んできた「育児休暇制度」「テレワーク」「時短勤務」などさまざまな「働き方の推奨」 (働き方改革)の成果と考えられます。
図1 主要国の女性の年齢階級別労働力率(平成12年・29年)

出典:総務省統計局 雇用の流動化、女性の活躍
主要国の女性の年齢階級別労働力率(平成12年・29年)3) https://www.stat.go.jp/data/topics/topi1192.html
他方、高齢者の状況を見ると、日本の高年齢者の就業率は、欧米諸国と比較して、特に男性で高水準。65歳を超えて働きたいと回答した人が約7割を占めていて、 60歳以降の希望する就労形態として「パートタイム」が最多。意欲ある高齢者に、パートタイムなど柔軟な働き方を確保すれば、就業継続につながるであろうことが容易に推測されます。 この他、諸外国に比べて労働時間が長い、年次有給休暇の取得率が低い、フルタイム労働者とパートタイム労働者の賃金格差が大きい、といった問題点が指摘されています。
働き方改革とは
首相官邸HPによると「働き方改革は、一億総活躍社会実現に向けた最大のチャレンジ。多様な働き方を可能とするとともに、中間層の厚みを増しつつ、 格差の固定化を回避し、成長と分配の好循環を実現するため、働く人の立場・視点で」取り組む、とあります4)。 前記「働き方改革 導入の背景」で述べました諸問題を解決すべく、様々な施策が実施されています。以下、いくつか抜粋します。
●長時間労働の是正
・時間外労働の上限規制の導入:
⇒臨時的な特別の事情がある場合でも月100時間、2~6ヶ月平均80時間/月まで
・勤務間インターバル制度の普及促進等:努力義務規定
⇒安部首相も「モーレツ社員」という考え方をなくしたいと述べていました
●多様で柔軟な働き方の実現
・テレワーク、副業など (※テレワークについては後述します)
●不合理な待遇差を解消するための規定の整備
・同一労働同一賃金の原則:
正規労働者の6割弱といわれる非労働者の賃金水準を欧米並みの8割程度へ
⇒ 中間層の厚みを増しつつ格差の固定化を回避(上記、官邸HP)
この他、詳細は厚生労働省のホームページを参照下さい。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000148322.html
中小企業において注意すべき点
時間外労働の上限規制については、36協定の変更が必要です5)。中小企業への適用が猶予されていたこの規制も、2020年4月から適用されましたので、改めて自社の36協定を確認されることをお勧めします。 法改正前で上限ギリギリで締結していた36協定になると 改正後には基準を超えてしまっている可能性があるため、注意が必要です。法改正前の36協定は、時間外労働の上限が実質「ない」も同然でした。詳しくは最寄の「社会保険労務士会」か「働き方改革推進支援センター」へお問合せ下さい。
注目される「テレワーク」
働き方改革の一環として大企業の一部業種を中心に普及しつつあったテレワークですが6)、最近の新型コロナウイルス感染症対策で小中学校等が一斉休校となったことから、 注目度が増しています。全国一斉の休校措置で休暇を希望する労働者が急増。少しでも自宅で事務処理したい(してほしい)、そんなニーズが労使双方から高まるのも当然のことと言えるでしょう。
このような外部環境の激変に伴うニーズの高まりを受け、国は補助金を時限的に創設し、テレワークの普及と子育て世代労働者及び事業主の支援を加速しています7)。 テレワーク通信用機器を導入・運用する中小企業に対し、その費用の2分の1(上限100万円)を支給するものです。中小企業限定で、しかも本年5月末日までの時限措置ですが、 子育て世代の従業員を多く雇用する中小事業主には一考の価値ある助成金かと思われます。(※助成金の情報は2020年3月20日情報に基づく)
新型コロナ以前に導入されたテレワークは性悪説に立った制度設計が少なからず見受けられ例えば、「Skypeを常時接続し上司の呼びかけに返答するようにしておくこと」、 「情報セキュリティーが保てる場所」での就業、「静かに業務に集中できる場所に限る」といった制限を設ける企業もあったようですが、 新型コロナ対応で子どもと自宅待機せざるを得ない従業員が急増し、このような制限は緩和されつつあるようです。
在宅ワークの内容やボリュームについて上司と事前にコミュニケーションできていれば「Skype常時接続」といった制限は不要になるとも考えられます。
(参考文献)
1) 厚生労働省ホームページ 働き方改革の背景に関する参考資料
https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je15/h02-01.html
2) 厚生労働省 人材開発政策の現状と課題、今後の見通しについて
https://www.mhlw.go.jp/content/11801000/000566409.pdf
3) 総務省統計局ホームページ 雇用の流動化、女性の活躍
https://www.stat.go.jp/data/topics/topi1192.html
4)首相官邸ホームページ 働き方改革
https://www.kantei.go.jp/jp/headline/ichiokusoukatsuyaku/hatarakikata.html
5) 厚労省リーフレット 時間外労働の上限規制への準備はお済みですか
https://www.mhlw.go.jp/content/000600768.pdf
6) 平成30年 通信利用動向調査(総務省)
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/data/190531_1.pdf
7) 時間外労働等改善助成金(新型コロナウイルス感染症対策のためのテレワークコース)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/jikan/syokubaisikitelework.html